メッセージ

自分は善く生きているのに、なぜ不幸なのか? ジェームズ・アレンに学ぶ、過去を受け入れて人生を変える方法

「自分は、人に迷惑をかけないように生きてきた」
「悪いことをしているつもりはない」
「人にはできるだけ親切にしている」

それなのに、なぜか人生は苦しい。

病気、仕事、人間関係、お金の問題、家族の問題……。

次から次へと苦しいことが起こると、

「なぜ自分ばかり、こんな目に遭うのだろう」
「善く生きているのに、どうして幸せになれないのだろう」

と思ってしまうことがあります。

これは、とても苦しい疑問です。

真面目に生きれば、必ず幸せになれる。

善いことをすれば、すぐに良い結果が返ってくる。

そう思っていたのに、現実がその通りにならないと、
「正しく生きることに意味があるのだろうか」と、心が折れてしまうこともあります。

そんな人に、ジェームズ・アレンは、少し厳しく、しかし最後には大きな希望を残す言葉を伝えています。

 

「自分の身に降りかかる出来事は、自分自身の心の反映です。
逃げても逃げても自分を追いかけてくる、祈っても変えることのできない運命は、
自分自身の過った行為の容赦無い鬼が償いを求める姿だったのです。
人は「変化し、進化する存在」であることを思い出す必要があります。
善人もつねに善人ではありませんし、また悪人もつねに悪人というわけではないのです。
善人であるにもかかわらず、今大きな不幸に見舞われている人は、
依然蒔いた悪の種の結果を収穫しているのです。
やがて、今蒔いている善の種の結果を収穫するときが来るでしょう。」

 

この言葉だけを読むと、「今、不幸なのは過去の自分が悪かったからだ」
と言われているように感じるかもしれません。

しかし、私はこの言葉を、もっと深い意味で受け取りたいと思います。

それは、

「過去の自分を正しく見つめること。そして、今から新しい原因をつくっていくこと」

です。

人生で起こるすべての出来事を、私たちが完全に説明できるわけではありません。

だから、「あなたが不幸なのは、あなたが悪いからだ」と決めつけることもできません。

それでも、自分の心や行動が、自分の人生に影響を与えていることは確かです。

では、この言葉は、苦しんでいる私たちに何を教えてくれるのでしょうか。

「自分は善人なのに、なぜ不幸なのか?」と悩むあなたへ

まず、あなたに伝えたいことがあります。

今、苦しいからといって、あなたが悪い人だと決まったわけではありません。

人生には、自分ではどうすることもできない出来事があります。

病気になることもあります。
大切な人を失うこともあります。
会社の事情で仕事を失うこともあります。
他人の行動によって傷つけられることもあります。
自然災害のように、自分の努力では防げないこともあります。

ですから、
「悪いことが起きた。だから自分が悪い」
と考える必要はありません。

これは、とても大切なことです。

では、なぜアレンは「自分の身に降りかかる出来事は、自分自身の心の反映です」と言ったのでしょうか。

ここでいう「心」は、単なる気分だけではないと考えると分かりやすくなります。

私たちの心は、毎日の選択に影響します。

どんなことを考えるか。
どんな言葉を使うか。
人にどう接するか。
困ったときに逃げるのか、向き合うのか。
自分の間違いを認めるのか、それとも人のせいにするのか。

こうした小さな選択が、少しずつ行動になります。

行動が繰り返されると、習慣になります。

習慣が積み重なると、その人の生き方になります。

そして、生き方は、人間関係や仕事や人生の状態にも影響していきます。

つまり、

思い → 選択 → 行動 → 習慣 → 人生

という流れがあるのです。

だから、人生を変えたいとき、目の前の結果だけを変えようとするのではなく、
その結果を生み出している自分の内側にも目を向けてみる。

これが、アレンの言葉の大切なところではないでしょうか。

「過去の自分は、本当にいつも善人だったのか?」と問い直してみる

「自分は善く生きているのに、なぜ不幸なのだろう?」

この問いを持ったとき、一度だけ自分に聞いてみたいことがあります。

「今の自分だけでなく、過去の自分も見ているだろうか?」

人は、自分の過去を都合よく忘れることがあります。

自分が人から傷つけられたことは、よく覚えています。

「あの人にひどいことを言われた」
「あの人に裏切られた」
「あんな扱いを受けた」

という記憶は残っています。

ところが、自分が誰かを傷つけたことになると、

「あのときは仕方がなかった」
「相手にも悪いところがあった」
「自分だって苦しかった」

と、理由をつけて小さくしてしまうことがあります。

もちろん、本当に仕方がなかったこともあるでしょう。

自分だけが悪かったわけではない場合もあります。

しかし、人間には、自分の過ちを忘れたり、正当化したりするところもあります。

だからこそ、

「自分は善人だ」

と決めつける前に、

「これまでの自分は、本当にいつも正しかっただろうか?」

と静かに振り返ることには意味があります。

たとえば、

人を見下したことはなかったか。
怒りにまかせて、きつい言葉を言ったことはなかったか。
自分の都合を優先して、人の気持ちを考えなかったことはなかったか。
誰かに謝るべきなのに、謝らなかったことはなかったか。
自分が悪いと分かっていたのに、誰かのせいにしたことはなかったか。

こうしたことを思い出すのは、決して楽しいことではありません。

しかし、ここには大きな意味があります。

それは、自分を責めるためではなく、自分を正しく知るためです。

「自分にも間違いがあった」

と認めることができる人は、そこから変わることができます。

反対に、

「自分は何も悪くない」

と考え続けると、自分を変えるきっかけを失ってしまいます。

過去を正直に見ることは、自分を傷つけることではありません。

むしろ、自分を自由にする第一歩なのです。

過去の過ちを認めることは、過去に閉じ込められることではない

ここで、今回の言葉の中でも特に大切な部分を考えてみましょう。

アレンは、

「人は『変化し、進化する存在』であることを思い出す必要があります。」

と言っています。

これは、とても希望のある言葉です。

もし人間が一度決まったら変わらない存在なら、過去に間違いを犯した人には、未来がありません。

一度、人を傷つけたら、その人は一生「人を傷つける人」です。
一度、怠けたら、一生「怠け者」です。
一度、失敗したら、一生「失敗した人」です。

でも、私たちはそうではありません。

人は変わることができます。

昨日まで怒ってばかりいた人が、少しずつ穏やかになることもあります。

昨日まで人のせいにしていた人が、自分の責任を考えられるようになることもあります。

昨日まで自分のことしか考えられなかった人が、人の苦しみに気づけるようになることもあります。

つまり、

過去の自分と、今の自分は同じではないのです。

だから、

「あの頃の自分は間違っていた」

と認めてもいい。

そして、その次に、

「だから、これからは違う生き方を選ぼう」

と言えばいいのです。

これは、とても大切なことです。

過去の過ちを認めることは、過去の自分に閉じ込められることではありません。

むしろ、

「あの頃の自分は間違っていた。だから、これからは違う生き方を選ぶ」

という新しい出発点になります。

ここに、人生をやり直す力があります。

何歳になっても、この出発点に立つことができます。

若いころに間違ったとしても。

人生の途中で大きな失敗をしたとしても。

これまでの生き方を後悔していたとしても。

今日から、新しい原因をつくることはできます。

それが、人間が「変化し、進化する存在」であるということなのではないでしょうか。

そして、この考え方は「生涯現役」という生き方にもつながります。

生涯現役とは、ただ仕事を続けることだけではありません。

何歳になっても、自分の心を育て続けること。

昨日より今日、今日より明日。

少しでも誠実に。
少しでも優しく。
少しでも正しく。

そうやって自分自身を育てていく。

「正しく生きよう」と思うことそのものが、生涯にわたる自己教育の始まりなのです。

人生のすべてを「自分のせい」にしなくてもいい

ここまで読むと、

「では、今、自分が不幸なのは、過去の自分が悪いことをしたからなのか」

と思うかもしれません。

しかし、ここは慎重に考える必要があります。

ジェームズ・アレンの「原因と結果」の考え方を、自分を責めるための道具にしてはいけません。

人生には、自分では選べない出来事があります。

病気になること。
災害に遭うこと。
大切な人を失うこと。
会社の都合で仕事を失うこと。
他人から傷つけられること。

こうしたことまで、

「自分の心が悪かったからだ」
「過去の自分が悪い原因をつくったからだ」

と、すべて説明することはできません。

そもそも、私たちは人生で起こるすべての出来事について、その原因を完全に知ることができるのでしょうか。

おそらく、できません。

一つの出来事には、たくさんの原因や条件が重なっています。

たとえば、仕事を失ったとします。

そこには、自分自身の努力だけではなく、会社の事情、景気、社会の変化、人間関係、他の人の判断など、
さまざまなものが関係しているかもしれません。

一つの原因だけで説明できるとは限りません。

だから、

「原因と結果の法則がある」ことと、「すべての原因を人間が説明できる」ことは、別の話なのです。

ここを分けて考えることが大切です。

人生には、私たちには分からないことがあります。

なぜ、あの人にあの出来事が起こったのか。
なぜ、自分にはこの苦しみが続くのか。
なぜ、善く生きようとしている人が、大きな苦しみに出会うのか。

そのすべてを、人間の知恵だけで説明することはできないでしょう。

だからこそ、
「自分が悪いから、こんなことになったのだ」
と、すぐに決めつけなくてもいいのです。

自分を責めることと、自分を見つめることは違います。

自分を見つめるとは、

「自分にも間違いがあったかもしれない」

と認めながら、

「でも、すべてを自分のせいにする必要もない」

と知ることです。

そこには、やさしさと謙虚さがあります。

原因がすべて分からなくても、今日から新しい種を蒔くことはできる

では、人生のすべての原因が分からないのなら、私たちはどうすればいいのでしょうか。

私は、ここでアレンの最後の言葉に戻りたいと思います。

「やがて、今蒔いている善の種の結果を収穫するときが来るでしょう。」

この言葉は、未来への希望を伝えています。

私たちは、過去を完全にやり直すことはできません。

過去の言葉を消すこともできません。

過去に傷つけた人がいるなら、その事実をなかったことにはできません。

過去の選択を変えることもできません。

しかし、

今日から何をするかは、選ぶことができます。

今日、人にやさしい言葉をかける。
今日、約束を守る。
今日、自分の間違いを一つ認める。
今日、誰かに「ありがとう」と伝える。
今日、怒りのまま言葉を返すのをやめる。
今日、自分の仕事を誠実に行う。
今日、困っている人にできることを一つする。

こうしたことは、一つひとつは小さなことです。

けれど、それが「種」になります。

種を蒔いても、すぐに花が咲くわけではありません。

だから、最初は何も変わっていないように見えるかもしれません。
「こんなことをして、何になるのだろう」
と思うこともあるでしょう。

でも、そこでやめない。

善いことをしたら、すぐに良い結果が返ってくる。

そういう約束ではありません。

むしろ、
「結果を急がず、正しい原因を積み重ねる」
という生き方です。

これは、人生に疲れている人にとって、大きな意味を持ちます。

「結果を出さなければならない」
「すぐに人生を変えなければならない」

と焦らなくてもいい。

今日、できる一つのことを正しくする。

明日も一つ、正しいことをする。

それを繰り返していく。

それが、未来の自分に渡す贈り物になります。

「なぜ自分ばかり不幸なのか」から、「これから何を蒔こうか」へ

「自分は善く生きているのに、なぜ不幸なのか」

この問いは、苦しんでいる人にとって、とても自然な問いです。

誰だって、自分が一生懸命に生きているのに、悪いことばかり続けば、

「どうして?」

と思います。

その気持ちを無理に消す必要はありません。

悲しんでもいい。
悔しがってもいい。
泣いてもいい。
「こんな人生は嫌だ」と思ってもいい。

でも、いつまでも、

「なぜ自分だけが?」

という問いだけを握りしめ続けると、心が苦しみの中から出られなくなることがあります。

そんなとき、一つだけ問いを変えてみるのです。

「なぜ自分だけが不幸なのか?」

から、

「この先の人生で、自分はどんな種を蒔きたいのか?」

へ。

これは、問題を無理やり前向きに考えるということではありません。

今までの苦しみをなかったことにすることでもありません。

ただ、

自分の人生の主導権を、少しずつ自分の手に戻していく

ということです。

自分の思考や心の状態が、選択・行動・習慣・人間関係などを通して、少しずつ外側の人生を形づくっていきます。

内側の思考が外側の行動を生み、その行動がまた外側の環境をつくり、それが心に影響するという循環があります。

だからこそ、今の自分の心に目を向けることには意味があります。

すべてを自分でコントロールすることはできません。

けれど、自分がこれから何を考え、何を選び、どう行動するかについては、できることがあります。

そこに希望があります。

苦しみの中でも、自分を育てていく

今回のアレンの言葉を読んで、私は「善人になれば不幸にならない」という話ではないと思います。

善く生きても、苦しいことは起こります。

正しく生きていても、病気になることがあります。

誠実に生きていても、人から裏切られることがあります。

一生懸命に働いていても、仕事を失うことがあります。

人生には、どうしても自分の力では変えられないことがあります。

だから、

「善く生きれば、必ず苦しみがなくなる」

とは言えません。

では、善く生きる意味は何なのでしょうか。

それは、苦しみがなくなることだけではないのだと思います。

苦しみの中でも、自分自身を失わないこと。
苦しみの中でも、人を憎むことだけに心を支配されないこと。
苦しみの中でも、誠実さを手放さないこと。
苦しみの中でも、「それでも善く生きよう」と思えること。

そこに、人間の強さがあります。

人生で起きる出来事を、すべて自分で選ぶことはできません。

しかし、その経験を通して、どんな人間になっていくのか。

そこには、私たちが選べる部分があります。

だから、外側の出来事だけを見て、

「自分の人生は失敗だった」

と決めなくてもいいのです。

苦しい経験をしたからこそ、以前より人の痛みが分かるようになるかもしれません。

失敗したからこそ、誠実さの大切さが分かるかもしれません。

人を傷つけた経験があるからこそ、二度と同じことをしないと決意できるかもしれません。

過去の間違いさえも、これからの人生を善くするための学びに変えることができます。

生涯現役とは、今日も新しい自分を育てること

そして、ここに「生涯現役」という生き方があります。

生涯現役とは、年齢を重ねても仕事を続けることだけではありません。

「自分はまだ成長できる」と信じて、自分自身を育て続けること。

これも、生涯現役ではないでしょうか。

「もう年だから」
「今さら変わらない」
「自分はこういう人間だから」

と決めてしまったら、自分の成長を自分で止めてしまいます。

でも、

「今日から少し変えてみよう」

と思うことはできます。

今まで人の話を聞かなかったなら、今日は一度、相手の話を最後まで聞いてみる。

今まで怒りをすぐ言葉にしていたなら、今日は一呼吸置いてみる。

今まで自分の間違いを認められなかったなら、今日は一つだけ「自分にも悪いところがあった」と認めてみる。

小さなことでいいのです。

人生を大きく変えるのは、いつも大きな決断とは限りません。

毎日の小さな選択が、自分という人間を少しずつつくっていきます。

だから、
「正しく生きよう」と思うことそのものが、生涯にわたる自己教育の始まり
なのです。

まとめ 今のあなたは、過去のあなたで決まっていない

「自分は善く生きているのに、なぜ不幸なのか」

そう思っているあなたへ。

まず、今苦しいからといって、あなたが悪い人だと決めつけないでください。

人生には、自分では説明できない出来事があります。

私たちは、すべての出来事の原因と結果を完全に理解することはできません。

だから、自分を責めすぎなくていいのです。

その一方で、自分の過去を振り返ることも大切です。

今の自分が善く生きているからといって、過去の自分もいつも正しかったとは限りません。

自分が人を傷つけたこと。
自分勝手だったこと。
怒りにまかせて行動したこと。
誰かのせいにしてしまったこと。

そうした過去があったとしても、それを認めたからといって、あなたの人生が終わるわけではありません。

むしろ、そこから新しい人生が始まります。

「あの頃の自分は間違っていた。だから、これからは違う生き方を選ぼう」

そう思えるなら、もう変化は始まっています。

過去の原因をすべて説明する必要はありません。

今の苦しみの意味を、すぐに理解する必要もありません。

ただ、今日から一つずつ、善い種を蒔いていけばいいのです。

誠実という種。
親切という種。
正直という種。
感謝という種。
許すという種。
学ぶという種。
そして、
「それでも善く生きよう」
という種。

ジェームズ・アレンは、

「やがて、今蒔いている善の種の結果を収穫するときが来るでしょう。」

と語っています。

今は、まだ芽が見えないかもしれません。

今は、苦しい結果を収穫している途中なのかもしれません。

それでも、今日蒔く種は、昨日までの自分とは違う未来をつくっていきます。

だから、人生をあきらめなくていいのです。

何歳からでもいい。

今日からでいい。

過去の自分を受け入れながら、未来の自分を育てていけばいい。

人生は、過去の結果だけで決まるものではありません。

今ここから、どんな種を蒔き続けるのかによって、これからの人生は変わっていきます。

「自分は善く生きているのに、なぜ不幸なのか」と苦しんでいるあなたへ。

すべての答えが分からなくても大丈夫です。

すべてを自分のせいにしなくても大丈夫です。

そして、過去の自分を責め続けなくても大丈夫です。

ただ今日、ほんの少しだけ、昨日とは違う善い選択をしてみる。

その一歩から、また新しい人生を始めることができます。

あなたは、変化し、進化する存在です。

そして、今日という日は、未来に向かって新しい種を蒔くために、いつでも残されています。

 

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