「何をしても楽しくない」
「毎日が同じことの繰り返しに感じる」
「昔はもっと元気だったのに、最近は何をするにも面倒くさい」
そんなふうに感じることはありませんか。
人生には、何をしても楽しく感じられない時があります。
仕事をしていても楽しくない。
休んでいても心が休まらない。
好きなことをしても、前ほど心が動かない。
そして、「自分は何のために生きているのだろう」とまで考えてしまうことがあります。
こんなとき、私たちは「もっと楽しいことを探さなければ」と思うかもしれません。
しかし、ジェームズ・アレンは、少し違う方向から人生を見るように教えてくれています。
それは、「今、自分にできる務めを誠実に果たしてみる」という生き方です。
アレンは、次のように語っています。
「何事もうまく成し遂げると喜びを伴います。
務めを果たすと、必ず平安と満足がもたらされるのです。
その仕事がどんなに些細なことに思えようと、それを誠実に全身全霊の力を傾けてやれば、明るい気持ちと心の平安が得られるのです。」
この言葉は、とても不思議です。
「楽しいことをすれば、心が明るくなる」と言っているのではありません。
むしろ、
「目の前の務めを誠実に果たすことによって、心の平安や満足が生まれる」
と言っているのです。
つまり、
「楽しいから行動する」
だけではなく、
「行動して、やり遂げるから、心に喜びが生まれる」
ということです。
では、なぜ人間は務めを果たすと、平安と満足を感じるのでしょうか。
その答えを考えていくと、「人生をもっと元気に生きたい」と願う人に、大きなヒントが見えてきます。
何をしても楽しくないときこそ、「今日できること」を見つけよう
「何をしても楽しくない」と感じているとき、私たちは人生全体を変えようとすることがあります。
新しい仕事を探す。
新しい趣味を始める。
遠くへ旅行する。
今までとは違う生活をする。
もちろん、それが必要な場合もあります。
しかし、いつでも大きな変化が必要なわけではありません。
むしろ、人生に活気を取り戻すために、最初に必要なのは、
今日、自分にできる小さなことを見つけることなのかもしれません。
たとえば、
部屋を片づける。
今日の仕事を最後までやる。
読みかけの本を少し読む。
誰かにありがとうを伝える。
散歩をする。
やるべき連絡をする。
明日の準備をする。
このようなことです。
どれも、人生を大きく変えるようなことには見えません。
でも、アレンは「その仕事がどんなに些細なことに思えようと」と言っています。
ここが大切です。
務めの大きさではなく、その務めにどう向き合うかが大切なのです。
「こんな小さなことをしても意味がない」と思わなくていい。
小さなことでも、
「今の自分にできることだから、きちんとやってみよう」
と取り組む。
そして、最後まで成し遂げる。
そのとき、自分の中に小さな変化が起こります。
「できた」
という感覚です。
それは、とても小さな喜びかもしれません。
でも、その小さな喜びが、次の行動につながっていきます。
務めを果たすと、なぜ平安と満足が生まれるのか
では、なぜ「務めを果たす」と平安や満足が生まれるのでしょうか。
一つの理由は、自分の思いと行動が一致するからだと思います。
「これはやったほうがいい」と分かっているのに、何もしない。
「今日はこれをやろう」と思っていたのに、先延ばしする。
これが続くと、心の中に少しずつズレが生まれます。
「本当はやるべきだったのに」
「またできなかった」
「どうせ自分は続かない」
そんな思いが残ります。
反対に、
「やろう」
と思ったことを実際にやる。
そして、
「終わった」
と感じる。
すると、
「自分は自分の決めたことを実行できた」
という感覚が生まれます。
これは、自分自身への信頼につながります。
さらに、人間は社会の中で生きています。
自分の仕事を果たす。
約束を守る。
家族のためにできることをする。
誰かの役に立つ。
こうした行動は、周りの人とのつながりも支えます。
人間は一人だけで生きる動物ではありません。
誰かと支え合いながら生きています。
だから、自分の役割を果たし、誰かの役に立つことには、深い満足があります。
しかし、アレンの言葉には、それだけではない、もっと深い意味があります。
それは、務めを果たすことで、自分自身が成長するということです。
「人間の力は、使うことで育つ」~小さな務めが自分を成長させる
今回、ジェームズ・アレンの言葉を考えて気づいたことがあります。
「人間の力は、使うことで育つ」
という考え方です。
これは、人生を前向きに生きるための大きなヒントになります。
筋肉は、使うことで鍛えられます。
同じように、人間の心の力も、使うことで育っていきます。
集中力は、集中することで育つ。
忍耐力は、少し我慢することで育つ。
勇気は、勇気を出して行動することで育つ。
誠実さは、誠実に行動することで育つ。
責任感も、責任を果たすことで育っていきます。
つまり、
「こういう人になりたい」と思うだけではなく、実際にそういう行動をすることで、
自分自身が少しずつ変わっていくのです。
たとえば、面倒な仕事を一つ最後までやったとします。
仕事そのものは小さなものかもしれません。
でも、そのとき自分の中では、
「面倒でも逃げなかった」
「集中できた」
「最後までやり切った」
という経験が残ります。
これは、目には見えない成長です。
だから、どんなに小さな務めにも意味があります。
務めを果たすことは、仕事を終わらせるだけではありません。自分自身を育てることでもあるのです。
このことを知っていると、「やる気が出るまで待つ」という生き方から少し離れることができます。
「やる気がないからできない」
ではなく、
「まず少しやってみよう。力は使えば育つのだから」
と考えられるからです。
ここに大きな希望があります。
「義務から逃れる」と、最初に性格が弱くなる
アレンは、次に以下のような厳しい言葉で語っています。
「義務から逃れ、自分の力を最大限に活用して働かない者は、最初は性格的に、
そして最終的には身体や環境において滅びていくというのは倫理的な法則です。
人生と行動は同義であり、身体的であれ精神的であれ、努力を怠った瞬間、その人は衰え始めるのです。」
この言葉を読むと、少し怖くなるかもしれません。
しかし、これは「休んではいけない」という意味ではありません。
病気で休む必要がある人もいます。
疲れているときに休むことも大切です。
身体を動かせない人もいます。
その人たちに「努力が足りない」と言っているのではありません。
ここで問題にされているのは、自分にできることがあるのに、いつもそこから逃げ続けることだと思います。
一度先延ばしするだけなら、大きな問題ではありません。
でも、
「面倒だからやらない」
「嫌だから逃げる」
「誰かがやってくれるだろう」
ということを繰り返していると、少しずつ自分の力が弱くなります。
最初に弱くなるのは、外側の環境ではなく、自分の心の力です。
たとえば、
「やろうと思っても動けない」
「少し難しいとすぐに諦める」
「面倒なことを避ける」
「自分を信じられない」
「どうせ自分には無理だと思う」
という状態です。
さらに、自分が行動しない理由を、
「忙しいから」
「環境が悪いから」
「誰かのせいだから」
と外側に求めるようになることもあります。
そうすると、
「自分には何も変えられない」
という気持ちが強くなります。
これが、アレンの言う「最初は性格的に滅びていく」ということなのではないでしょうか。
人間としての価値がなくなる、という意味ではありません。
そうではなく、
自分で自分を動かす力、困難に向き合う力、自分を信頼する力が、少しずつ弱くなっていく
ということです。
だからこそ、アレンは「今、自分にできること」を大切にしているのだと思います。
「人生と行動は同義」だからこそ、今できることを大切にする
アレンは、先ほどの言葉の中で、
「人生と行動は同義であり、身体的であれ精神的であれ、努力を怠った瞬間、その人は衰え始めるのです。」
と語っています。
「人生と行動は同義」という言葉は、とても強い言葉です。
しかし、これを、
「たくさん働いている人ほど、価値のある人生を送っている」
という意味にしてはいけないと思います。
病気で身体を動かせない人もいます。
高齢になって、若いころのように働けない人もいます。
大きな困難の中で、何かをする力さえ残っていないように感じる人もいます。
そういう人の人生に価値がないはずはありません。
では、「人生と行動は同義」とは、どういう意味なのでしょうか。
私は、
「人生とは、自分に与えられた力を、その時、その場所で、どのように使って生きるかという営みである」
という意味に考えると分かりやすいと思います。
健康な人には、健康な人にできることがあります。
高齢者には、高齢者にできることがあります。
病気の人には、病気の人にできることがあります。
今日は何もできないほど疲れているなら、休むことが必要かもしれません。
誰かに助けを求めることが必要な日もあるでしょう。
それも、その人にとって大切な行動です。
大切なのは、
「今の自分にできることは何だろう?」
と考えることです。
そして、できることが一つ見つかったら、それを大切にする。
それが、アレンのいう「務めを果たす」ということではないでしょうか。
務めを果たすと、自分自身が少し成長する
ここまで読んできて、一つの大切なことが見えてきます。
務めを果たすと、なぜ平安と満足が生まれるのでしょうか。
それは、
務めを果たすことで、自分自身が少し成長するから
ではないでしょうか。
たとえば、今日の仕事を最後までやったとします。
「仕事が終わった」というだけではありません。
その中で、
集中力を使った。
忍耐力を使った。
考える力を使った。
責任感を使った。
誠実さを使った。
そして、最後までやり切った。
つまり、一つの仕事を終えるまでに、自分の中にあるいくつもの力を使っているのです。
そして、使った力は、少しずつ育っていきます。
だから、
小さな務めを果たすことは、小さな自分の成長でもある
のです。
これは、人生を考えるうえで大きな希望になります。
「もっと大きなことをしなければ、自分は成長できない」
と思わなくてもいいからです。
今日の小さなことでもいい。
机を片づける。
約束を守る。
仕事を最後までやる。
本を少し読む。
誰かに優しい言葉をかける。
身体を少し動かす。
必要なことを一つ片づける。
そうした一つ一つが、自分自身を育てています。
「できた」という小さな積み重ねが、人生の活気を取り戻す
そして、ここで最初のアレンの言葉に戻ります。
「何事もうまく成し遂げると喜びを伴います。
務めを果たすと、必ず平安と満足がもたらされるのです。
その仕事がどんなに些細なことに思えようと、それを誠実に全身全霊の力を傾けてやれば、明るい気持ちと心の平安が得られるのです。」
この「平安と満足」は、ただ仕事が終わったから生まれるものではないと思います。
その奥には、
「自分は今日も、自分の力を使うことができた」
という喜びがあります。
「今日は何もできなかった」
という日が続くと、自分への信頼が少しずつ弱くなります。
反対に、
「今日はこれをやった」
「今日はここまでできた」
という経験が積み重なると、
「自分にもできる」
という感覚が育ちます。
そして、自分への信頼が育つと、また次のことに挑戦しやすくなります。
ここで、良い循環が始まります。
小さな務めを果たす
↓
「できた」という満足が生まれる
↓
自分への信頼が育つ
↓
次のことに取り組む力が生まれる
↓
また務めを果たす
↓
自分の力がさらに育つ
この循環こそが、人生の活気なのではないでしょうか。
だから、人生の活気を取り戻すために、最初から大きな目標を持つ必要はありません。
今日の「できた」を一つ増やせばいいのです。
楽しさを待つのではなく、行動の中から喜びを育てる
「何をしても楽しくない」という人にとって、今回のアレンの言葉は、大きな考え方の転換を与えてくれます。
私たちは、
楽しいことがある
→ やる気になる
→ 行動する
と考えがちです。
しかし、アレンは逆の道も教えてくれています。
まず行動する
→ 務めを果たす
→ 成し遂げる
→ 満足する
→ 明るい気持ちになる
という道です。
これは、「無理をして頑張れ」ということではありません。
「今の自分にできることを一つやってみよう」ということです。
やる気が出ないから、何もできない。
そう思っているときこそ、
「では、五分だけやってみよう」
「今日は一つだけ終わらせよう」
と考えてみる。
小さく始めていいのです。
すると、行動したことで心が少し変わることがあります。
「やってみたら、思ったよりできた」
「終わったら、少し気持ちが軽くなった」
「自分にもまだできることがある」
そんな感覚が生まれるかもしれません。
それが、次の行動を生みます。
「自分の力を出し尽くす」とは、自分を壊すことではない
そして、最後にアレンはこう語ります。
「一方で、自分の力を出し尽くし、困難を克服し、心身を使う仕事を完遂すれば、人生の活気が増すのです。」
ここにも大切な注意があります。
「力を出し尽くす」と聞くと、
「限界まで頑張らなければならない」
と思う人もいるでしょう。
しかし、それでは自分を壊してしまいます。
アレンの言葉は、自己犠牲をすすめているのではないでしょう。
大切なのは、
「今の自分に与えられている力を、眠らせたままにしない」
ということです。
今日は一時間しか力がないなら、一時間でできることをする。
今日は身体がつらいなら、身体を休ませる。
病気なら治療に向き合う。
一人ではできないなら、人に助けを求める。
そして、元気が戻ったら、またできることをする。
つまり、
「自分にできることを、誠実にする」
ということです。
これなら、年齢や体力が違っても、誰にでもできます。
生涯現役とは、「生涯、自分自身を育てること」
ここまで考えると、「生涯現役」という言葉の意味も変わってきます。
生涯現役というと、
「年を取っても働き続けること」
を思い浮かべるかもしれません。
もちろん、それも一つの形です。
しかし、もっと深く考えるなら、
生涯現役とは、生涯、自分の力を使い続け、自分自身を育て続けること
なのではないでしょうか。
若いころには、仕事を通して自分を育てる。
人生の中ごろには、家族や社会との関わりを通して自分を育てる。
年齢を重ねたら、経験を人に伝えることで自分を育てる。
身体が弱くなったら、忍耐や感謝を学ぶ。
病気になったら、今日を生きることの大切さを学ぶ。
どの段階にも、その時にしかできない「務め」があります。
だから、年齢を重ねても成長は終わりません。
今できることを大切にする限り、人間は自分自身を育て続けることができるのです。
まとめ~今日の小さな務めが、明日の自分を育てる
「何をしても楽しくない」
「人生に活気がない」
「何をしていいのか分からない」
そんなとき、人生を一気に変えようとしなくてもいいのかもしれません。
ジェームズ・アレンは、こう語っています。
「何事もうまく成し遂げると喜びを伴います。
務めを果たすと、必ず平安と満足がもたらされるのです。
その仕事がどんなに些細なことに思えようと、それを誠実に全身全霊の力を傾けてやれば、明るい気持ちと心の平安が得られるのです。」
そして、
「義務から逃れ、自分の力を最大限に活用して働かない者は、最初は性格的に、
そして最終的には身体や環境において滅びていくというのは倫理的な法則です。
人生と行動は同義であり、身体的であれ精神的であれ、努力を怠った瞬間、その人は衰え始めるのです。」
さらに、
「一方で、自分の力を出し尽くし、困難を克服し、心身を使う仕事を完遂すれば、人生の活気が増すのです。」
と教えています。
この三つの言葉から、私たちは大切なことを学ぶことができます。
それは、
人間の力は、使うことで育つ
ということです。
集中力も、忍耐力も、勇気も、誠実さも、使うことで少しずつ育ちます。
だから、今日できる小さな務めを大切にする。
その務めを誠実に果たす。
すると、
務めを果たす
→ 自分の力を使う
→ その力が育つ
→ 自分自身が成長する
→ 「できた」という満足が生まれる
→ 心が少し平安になる
→ 次の行動に向かう力が生まれる
という循環が始まります。
ここで大切なのは、立派なことをする必要はないということです。
人生を大きく変えるような仕事でなくてもいい。
誰かからほめられるようなことでなくてもいい。
今日の自分にできることを、一つ、誠実にやってみる。
それで十分なのです。
部屋を片づける。
仕事を一つ終わらせる。
誰かに優しい言葉をかける。
少し身体を動かす。
読みたかった本を少し読む。
約束を守る。
明日の準備をする。
そんな小さなことでいいのです。
そのとき、あなたは単に「仕事を一つ終わらせた」のではありません。
自分自身を一歩育てたのです。
だから、何をしても楽しくないと感じているときは、楽しさを無理に探さなくてもいいのかもしれません。
まず、今日できることを一つ見つけてみましょう。
そして、それを丁寧にやってみましょう。
その小さな行動の中に、眠っていた力が目を覚ますかもしれません。
そして、その力を使うことで、また新しい力が育っていきます。
今日の小さな務めが、明日の自分を育てる。
その積み重ねが、やがて人生そのものを変えていく。
人生の活気は、遠くにある特別な何かではありません。
「今ここで、自分にできることを誠実にやる」
その一つの行動の中から、少しずつ生まれてくるものなのです。
だから今日も、無理をする必要はありません。
大きなことをする必要もありません。
ただ、
「今の自分にできることは何だろう?」
と自分に問いかけてみてください。
そして、見つかった小さな務めを、一つ果たしてみましょう。
その一歩が、あなたの中にある力を育てます。
そしてその力が、あなたの人生に、もう一度、静かな喜びと活気を取り戻してくれるのではないでしょうか。