「もう若くないから、これから何を目指せばいいのだろう」
「仕事を辞めたら、自分には何が残るのだろう」
「これから先も、生きがいを持って生きていきたい」
人生を長く生きていると、このようなことを考える時があります。
若いころは、仕事や出世、収入、家庭など、目の前にたくさんの目標があります。
「もっと成功したい」
「もっとお金を稼ぎたい」
「もっと人から認められたい」
そんな思いを力にして、毎日を一生懸命に生きることもあるでしょう。
しかし、年齢を重ねるにつれて、少しずつ分かってくることがあります。
どれだけお金を持っていても、いつか手放す時が来ます。
どれだけ高い地位を得ても、いつかその地位を離れる時が来ます。
若さも、体力も、外見も、いつまでも同じではありません。
人間関係も変わります。
環境も変わります。
そして、人生そのものも、いつか終わりを迎えます。
では、私たちは何を幸せの土台にすればよいのでしょうか。
この問いについて、ジェームズ・アレンは、とても深い言葉を残しています。
「本質的にいつかは消えてなくなってしまうものに目を向けて、どうして真の幸せが見つかるでしょうか。
不変の真の幸せは、永遠に続くものに目を向けることによってのみ見つけることができるのです。
ですから、持続しない欲求に固執することをやめてください。
そうすれば、「永遠なるもの」を自覚することができるでしょう。
自己を放棄し、清らかな精神、自己犠牲、そして不変の「愛」を着々と養うことで、
その意識のなかに溶け込み、いかなることにも動じず、また何者にも奪われることのない幸せを目にすることができるのです。」
この言葉は、これから「生涯現役」で生きていきたい人に、大切なことを教えてくれます。
それは、
「生涯現役とは、いつまでも若いころと同じことをすることではない。
何歳になっても、『正しく生きよう』という心を持ち続けることである」
ということです。
そして、その「正しく生きよう」という心こそが、
年齢に左右されない「幸せな成功」の出発点になるのではないでしょうか。
生涯現役とは「働き続けること」だけではありません
「生涯現役」と聞くと、まず仕事を思い浮かべる人が多いでしょう。
定年を過ぎても仕事を続ける。
新しい仕事を始める。
会社を経営する。
資格を取って働く。
もちろん、これらも素晴らしい生涯現役の姿です。
しかし、生涯現役という言葉を、もっと広く考えてみてもよいのではないでしょうか。
たとえば、
誰かの役に立つ。
家族を支える。
若い人に経験を伝える。
地域の活動に参加する。
学び続ける。
人に親切にする。
自分の経験を生かして、誰かを励ます。
こうしたことも、立派な「現役」です。
なぜなら、人は仕事をしている時だけ価値があるわけではないからです。
「何をしているか」だけではなく、
「どのような心で生きているか」
にも、大きな価値があります。
若いころには、仕事で大きな結果を出すことが「成功」だと思っていた人もいるでしょう。
しかし、人生を長く生きると、成功の意味が変わってくることがあります。
たくさんのお金を持つことだけが成功ではない。
有名になることだけが成功ではない。
人より上に立つことだけが成功ではない。
むしろ、
「今日も正直に生きることができた」
「誰かに優しくできた」
「自分の役割をきちんと果たした」
「昨日より少しだけ心を成長させることができた」
ということにも、大きな価値があります。
これらは、年齢を重ねても続けることができます。
だからこそ、生涯現役の本当の力は、年齢ではなく「心の姿勢」にあるのです。
お金や地位だけを幸せの土台にすると、いつか心が苦しくなる
私たちは、どうしても「目に見えるもの」を大切にします。
お金がいくらあるか。
どんな家に住んでいるか。
どんな仕事をしているか。
どんな肩書きを持っているか。
何人の人から認められているか。
これらは分かりやすいからです。
そして、こうしたものを手に入れることを「成功」と考えやすくなります。
もちろん、お金も仕事も大切です。
生活するためには必要ですし、目標に向かって努力することも素晴らしいことです。
問題は、それらを「幸せそのもの」だと思ってしまうことです。
ジェームズ・アレンは、
「本質的にいつかは消えてなくなってしまうものに目を向けて、どうして真の幸せが見つかるでしょうか。」
と問いかけています。
この言葉を、生涯現役というテーマから考えてみましょう。
たとえば、仕事で大きな成功をしたとします。
とても嬉しいでしょう。
しかし、その成功は永遠でしょうか。
会社の状況が変わるかもしれません。
自分の役職が変わるかもしれません。
体力が落ちて、以前と同じように働けなくなるかもしれません。
そう考えると、仕事の結果だけを幸せの土台にすることには、不安が残ります。
同じことは、お金や人からの評価にも言えます。
だからこそ、年齢を重ねるほど、
「なくなる可能性があるもの」と「なくならない価値」を分けて考えること
が大切になります。
お金は大切です。
仕事も大切です。
健康も大切です。
人間関係も大切です。
けれど、それらだけに自分の幸せを預けない。
その奥にある、
「正しく生きる」
「誠実である」
「人を愛する」
「善いことをする」
「清らかな心を育てる」
という価値を、人生の中心に置いていくのです。
そうすれば、外側の状況が変わっても、自分の中に残るものがあります。
それが、アレンのいう「永遠なるもの」につながっていくのだと思います。
「持続しない欲求に固執しない」と、心の中にある大切なものが見えてくる
アレンは続けて、
「ですから、持続しない欲求に固執することをやめてください。
そうすれば、「永遠なるもの」を自覚することができるでしょう。」
と語っています。
これは、とても大切な言葉です。
「持続しない欲求」とは、たとえば、
「もっとお金が欲しい」
「もっと認められたい」
「もっと勝ちたい」
「もっと若く見られたい」
「もっと自分を評価してほしい」
というような、外側のものを求める心です。
こうした欲求があること自体は、悪いことではありません。
問題は、そこに固執することです。
「これを手に入れなければ幸せになれない」
「これを失ったら、自分には価値がない」
「人から認められなければ意味がない」
と考えてしまうと、心は外側のものに縛られてしまいます。
そして、外側のものが変わるたびに、心も揺れます。
成功すれば喜ぶ。
失敗すれば落ち込む。
褒められれば喜ぶ。
批判されれば苦しむ。
得れば安心する。
失えば不安になる。
このような生き方では、なかなか心が落ち着きません。
ところが、
「私は、結果だけを追いかけるのではなく、正しく生きよう」
と決めると、少しずつ何かが変わります。
たとえ結果が思い通りにならなくても、
「自分は誠実に努力した」
「人をだまさなかった」
「できることを精一杯やった」
と思えるからです。
ここには、外側の結果とは違う幸福があります。
そして、この幸福は、年齢によって消えるものではありません。
二十歳でも、五十歳でも、七十歳でも、八十歳でも、
「正しく生きよう」
と心に決めることはできます。
昨日までの自分がどうだったとしても、今日から選ぶことができます。
これが、「永遠なるもの」への入口なのではないでしょうか。
なぜなら、「正しく生きよう」という心は、肩書きがなくても持つことができるからです。
お金が少なくても持つことができます。
仕事を辞めても持つことができます。
年齢を重ねても持つことができます。
誰かに褒められなくても持つことができます。
そして、この心を選び続けることによって、人は少しずつ、
「何を持っているか」ではなく、「どのような人間であるか」
に幸せを感じるようになっていくのです。
これは、生涯現役を考えるうえで、とても大切な視点ではないでしょうか。
「正しく生きよう」という心が、幸せへの方向を変えてくれる
「正しく生きよう」という言葉を聞くと、少し堅苦しく感じるかもしれません。
「正しく生きる」とは、毎日完璧に生きることではありません。
失敗しないことでもありません。
一度も怒らないことでもありません。
いつも人に優しくできることでもありません。
人間ですから、間違えることもあります。
腹が立つこともあります。
欲しくなることもあります。
誰かをうらやましく思うこともあります。
大切なのは、そうした自分に気づいたとき、
「それでも、正しい方向へ戻ろう」
と思えることです。
たとえば、誰かに嫌なことを言われたとします。
「自分も相手を傷つけてやろう」
と思うこともあるでしょう。
しかし、そこで少し立ち止まって、
「怒りに任せて言い返すのはやめよう」
と選ぶことができます。
仕事で失敗したときも、
「もう自分には無理だ」
と投げ出すのではなく、
「この経験から何を学べるだろう」
と考えることができます。
誰かに評価されなかったときも、
「認められなければ、自分には価値がない」
と考えるのではなく、
「人からの評価より、誠実に生きることを大切にしよう」
と心を戻すことができます。
このような小さな選択の積み重ねが、人の人生をつくっていきます。
そして、この「正しく生きよう」という心は、年齢によってなくなるものではありません。
若いころにできることが、年を取るとできなくなることはあります。
体力は落ちるかもしれません。
仕事の仕方も変わるかもしれません。
これまでの役割を手放すこともあるでしょう。
しかし、
「正しく生きよう」と思うことには、定年がありません。
何歳になってもできます。
ここに、生涯現役の大きな意味があります。
生涯現役とは、いつまでも若いころの自分でいることではありません。
今の自分にできることを知り、その中で、
「今日も善く生きよう」
とすることです。
たとえ大きな仕事ができなくても、人に優しくすることはできます。
たとえ社会的な地位がなくても、誠実でいることはできます。
たとえ以前ほど体が動かなくても、誰かを励ますことはできます。
たとえ何かを失ったとしても、愛する心を選ぶことはできます。
つまり、「正しく生きる」という人生の仕事には、年齢制限がないのです。
そして、その方向へ心を向けたとき、私たちは「幸せになるために何かを手に入れなければならない」という考えから、
少しずつ自由になっていきます。
「幸せを探す」のではなく、
「幸せが生まれるような生き方をする」
ようになるのです。
これが「幸せへの方向転換」なのではないでしょうか。
生涯現役と「幸せな成功」――最後まで育てたいのは、自分の心です
「幸せな成功」とは、どのような成功でしょうか。
たくさんのお金を持つことでしょうか。
社会的に高い地位につくことでしょうか。
多くの人から認められることでしょうか。
もちろん、それらも人生の中で価値のあるものです。
しかし、それだけでは十分ではありません。
なぜなら、外側の成功は、いつか変わるからです。
仕事で成功しても、仕事を離れる日が来ます。
お金を得ても、いつか手放す日が来ます。
人から評価されても、評価は変わります。
若さや体力も変化します。
だからこそ、本当の意味での「幸せな成功」を考えるなら、外側の成功と内側の成長を一緒に考える必要があります。
「何を得たか」だけではなく、
「どんな人間になったか」
を見るのです。
若いころは、
「どれだけ結果を出したか」
を大切にしていた人も、人生の後半では、
「どれだけ誠実に生きられたか」
「どれだけ人を大切にできたか」
「どれだけ心を穏やかにできたか」
「どれだけ自分の経験を誰かのために役立てられたか」
ということを大切にしてもよいのではないでしょうか。
ここで、もう一度アレンの言葉を思い出してみましょう。
「自己を放棄し、清らかな精神、自己犠牲、そして不変の「愛」を着々と養うことで、
その意識のなかに溶け込み、いかなることにも動じず、
また何者にも奪われることのない幸せを目にすることができるのです。」
この言葉の中に、幸せな成功の大切なヒントがあります。
「自己を放棄する」とは、自分を大切にしないことではありません。
自分だけの利益に固執する心を、少しずつ手放すことです。
「自分だけ得をしたい」
「自分だけ認められたい」
「自分の思い通りになってほしい」
という心から、少しずつ自由になる。
そして、
「人の役に立ちたい」
「正直でありたい」
「善いことをしたい」
「誰かを愛したい」
という心を育てていく。
そうすると、人生の幸せを「外側のもの」だけに頼らなくなります。
これは、生涯現役を生きる人にとって、とても大きな力になります。
なぜなら、年齢を重ねるほど、「失うもの」も増えていくからです。
若さを失う。
体力を失う。
仕事を失う。
役職を失う。
親しい人との別れを経験する。
できなくなることも増えていきます。
しかし、その一方で、年齢を重ねるからこそ育てられるものもあります。
思いやり。
忍耐。
感謝。
知恵。
落ち着き。
人を許す心。
誰かを支える力。
そして、何歳になっても選ぶことのできる、
「正しく生きよう」という心。
これらは、年齢を重ねたからこそ深く育てることができます。
だから、生涯現役を目指す人が最後まで大切にしたいものは、「若さ」ではなく、心の成長なのです。
まとめ~「正しく生きよう」という心には、年齢制限がない
ジェームズ・アレンは、
「本質的にいつかは消えてなくなってしまうものに目を向けて、どうして真の幸せが見つかるでしょうか。」
と問いかけています。
私たちは、つい目に見えるものを追いかけます。
お金。
仕事。
地位。
評価。
若さ。
物。
人間関係。
これらは、人生を豊かにしてくれる大切なものです。
しかし、それらは永遠ではありません。
だからこそ、それだけを幸せの土台にしてしまうと、何かを失うたびに、幸せまで失ったように感じてしまいます。
そこで、アレンは「永遠なるもの」に目を向けるように教えています。
永遠なるものとは、目に見える物ではありません。
真理。
善。
愛。
清らかな精神。
そして、
「正しく生きよう」
という心です。
これらは、年齢によってなくなるものではありません。
何歳になっても、
「今日は正直に生きよう」
「人に親切にしよう」
「怒りに負けないようにしよう」
「できることを精一杯やろう」
「誰かの役に立とう」
と選ぶことができます。
だから、生涯現役とは、単に「生涯働くこと」ではありません。
生涯、自分の心を育て続けること。
それもまた、生涯現役なのです。
そして「幸せな成功」とは、人生の最後まで何かをたくさん持っていることだけではありません。
たとえ何かを失っても、
「私は、正しく生きよう」
という心を失わないこと。
それこそが、何者にも奪われない幸せへの出発点なのではないでしょうか。
人生には、これからも変化が起こります。
うまくいく日もあれば、うまくいかない日もあります。
得る日もあれば、失う日もあります。
できることが増える日もあれば、できなくなることに気づく日もあります。
それでも、一つだけ、何歳になっても選べるものがあります。
それが、
「正しく生きよう」
という心です。
今日も、明日も、その次の日も。
「正しく生きよう」と心を向ける。
その小さな決意を、一日一日積み重ねていく。
すると、私たちの幸せは、外側の結果だけに左右されないものへと少しずつ変わっていきます。
そして、そこにこそ、
「生涯現役」と「幸せな成功」が重なる場所
があるのだと思います。
最後まで育てるべきものは、財産だけではありません。
最後まで守るべきものは、肩書きだけでもありません。
人生の最後まで育て続けることができる、
清らかな心、善を選ぶ心、そして愛する心。
それらこそが、私たちの中にある「永遠なるもの」なのではないでしょうか。
そして、その「永遠なるもの」に目を向けること。
それが、何歳からでも始められる、本当の幸せへの第一歩なのだと思います。